・Verhoeff, N. (2012). Mobile screens: The visual regime of navigation.. Amsterdam, the Netherlands: Amsterdam University Press.
・Richardson, I., & Wilken, R. (2012). Parerga of the third screen: Mobile media, place and presence. In R. Wilken & G.Goggin (Eds.). Mobile technology and place (pp. 181-197). New York, NY: Routledge.
・Hjorth. L, & Pink, S. (2016). Screen Ecologies: Art, Media and Environment in Asia-Pacific Region. The MIT Press.
・Brauchler, B. & Postill, J.. (2010). Theorising media and practice New York and Oxford:Berghahn books.
・A. Appadurai. (1986). The Social Life of Things: Commodities in Cultural Perspective Cambridge University Press.


同じ時期に北米で活躍したMarshall McLuhanとEdward Hallは、数年にわたっては百通以上の書信を交わしながら知的な交流を続けた仲間であった。McLuhanの思想を代表する警句として「メディアは人間感覚の拡張である」(1964)というのがあるが、実は彼の議論に先立ち、Hallが複数の著作(1959=1966:49, 80)で綴られた文章である。McLuhanもそのことを認めるばかりか、むしろ『グーテンベルクの銀河系〜活字人間の形成』の序文においてHallの『沈黙のことば』の一段落を引用しながら、人間拡張としてのメディアというのは、Hallによって先に提起られた発想であることを告げている。

McLuhanの思想に影響を与えたとしばしば語られるのはHarold Innisである。McLuhanの著作のなかでInnisの研究成果がたびたび引用されているし、思想的に二人が結びついているのは間違いない。だが、パーソナルなつながりといったら2人の関係はよそよそしかった。同時期にトロント大学に在籍していたのは事実だが、McLuhanは英文学部、Innisは政治経済学部と学科が異なり、会う機会がほとんどなかった。2人を会わせようとする試みもあったが、実際に会ったときは激しく喧嘩をしてしまう(なぜかスペインの宗教裁判をめぐる口喧嘩だったという。。)。その後はInnis とMcLuhanはずっと冷たい関係となったという。

それに対して、HallとMcLuhanと交流には、学者としての悩みを交わし、人間としての交流を深めようとする、非常に人情あふれるものだった。先に手紙を出すのはMcLuhanだったが、3ヶ月後には互いにMarshall、Nedと親しく呼び合う仲間になる。文通を始めてから1年余り後、初めて対面したときも大変気があった模様である。その後もずっと著作の初稿のチェックを頼んだり、学会に招待しあったりする仲良し関係を維持した。その交流は互いの学問的追求に対する認定と尊敬に基づいており、メディア論と文化研究と分野は違うとはいえ、研究の根幹を成す根本的な問題意識に共通点が多かったのではないかと思わせる。Harold InnisよりHallの方が、McLuhanのメディアをめぐる議論に与えた影響が大きいと考え方も提出されているのもそのためであろう(Rogers 2000)。

McLuhanとHallに学問的に借りていることが多い私としては、あの二人が親しい関係だというのは嬉しい。意外といいながらも自分のなかでは「なるほど!」と思えてたまらない次第である。

<参考になった読み物>
・Hall, T. E. (1959=1966). The silent language. New York: Doubleday & Company. 国広正雄・長井善見・斉藤美津子訳『沈黙のことば』南雲堂。
・ McLuhan, M. (1962=1986). The Gutenberg galaxy: The making of typographic man. University of Toronto Press. 森常治訳『グーテンベルクの銀河系〜活字人間の形成』みすず書房
・ Rogers, E.M. (2000). “The Extensions of Men: The Correspondence of Marshall McLuhan and Edward T. Hall”. In Mass Communication and Society. Volume 3, Issue 1, pp.117-135.
・Carey, J. (1967). "Harold Adams Innis and Marshall McLuhan". in Antioch Review. Volume 27:1, pp.5-39.


メディア研究における質的方法論の検討に役に立った読み物のリスト。あくまでも個人的な感想。

・ Singer, M. (1972). When a great tradition modernizes: An anthropological approach to Indian civilization. New York, Washington, London: Praeger Publishers.
・J. MacAloon (1984=1988).「序説・文化的パフォーマンス、文化理論」in MacAloon, J. (ed.)(em)Rite, drama, festival, spectacle: Rehearsals toward a theory of cultural performance.(/em) ISHI.光延明洋・今福龍太・上野美子・高山宏・浜名恵美訳『世界を映す鏡〜シャリヴァリ・カーニヴァル・オリンピック』平凡社
・Turner, V. and Turner, E. (1986). "Performing ethnography". in The anthropology of performance. New York:PAJ Publications. pp.139-155.
・ Morley, D. (1986). Family television: Cultural power and domestic leisure. London and New York: Routledge.
・Clifford, J. and Marcus, G.E. (1986=1996). (Eds.). Writing culture: The poetics and politics of ethnography. University of California Press. 春日直樹・足羽與志子・橋本和也・多和田祐司・西川麦子・和迩悦子『文化を書く』紀伊國屋書店
・Morley, D. & Silverston, R. (1991). "Communication and contest: Ethnographic perspectives on the media audience". in Jankowski, N. & Jensen, K.B. (Eds.).A Handbook of Qualitative methodologies for mass communication research. Routledge.
・Conquergood, D. (1991). “Rethinking ethnography: Towards a critical cultural politics”. In Communication monographs. Vol. 58. pp.179-194.
・Miller,D. & Slater, D.(2000). The Internet: an ethnographic approach. Berg Pub.
・Couldry, N. (2003). Media rituals: A critical approach. Routledge.
・Denzin, N.K. (2003) Performance ethnography: Critical pedagogy and the politics of culture. Thousand Oaks:Sage.
・原田隆司・寺岡伸悟 (2003)『ものと人の社会学』世界思想社
・飯田卓・原知章編(2005) 『電子メディアを飼いならすー異文化を橋渡すフィールド研究の視座』せりか書房


Clifford Geertzの『The interpretation of cultures』(1973)の和訳と韓訳には表現の差異が見られる。日本語と韓国語にはそのまま置換できる文型や表現がたくさん存在するがゆえに、訳文の間の微妙なニュアンスにしばしば気づかされてしまう。たとえば、Geertzの論旨を理解するためにとても重要だと思われる箇所の原文、
Culture, ①this acted document, thus is public, like a burlesqued wink or a mock sheep raid. Though ideational, it does not exist in someone's head; ②though unphysical, it is not an occult entity.
の和訳は次である。
この①実行される文書としての文化は、真似をした目くばせや羊に偽りの襲撃をかけることのように、③おおやけのものである。文化は理念的なものであるが、人間の頭脳の中に存在しているものではない。それは②非物質的なものだが、超自然的なものでもない。(吉田禎吾・柳川啓一・中牧弘允・板橋作美訳『文化の解釈学 I』1987年、岩波書店、17頁)
ところが、この箇所の韓訳を日本語に直訳してみると、
①文化は行為として記録された文書であり、したがって真似したウィンクや模擬の羊の略奪行為のように③公的なものである。それは観念的なものではあるが、だとしても誰かの頭の中に存在するものではなく、さらに②実体として存在するわけではないが不可思議なものでもない。(Moon Okpyo,『文化の解釈』1998年、Kachi、20頁)
和訳と韓訳の出された時期が違うためなのか、和訳の方が古い文章のように感じられる。下線を引いているところは、響きが少々異なる部分であり、原文の参照が必要とされる。

①において、和訳と韓訳のともに気になっている表現。"document"を”文書”に訳してよろしいのか、という疑問がある。"document"は、たしかに一次的には"文書”という意味だが、原文の文脈では"記録”という意味が強く読み取れる。韓訳には”記録”という表現を部分的に用いているのはそのためなのか。原文の意味に充実したら「文化は行為として残された記録」と訳した方が良さそう。

②は、原文に用いられた単語の意味が曖昧であるのが問題。したがってどうも意訳になってしまう。とくに"occult"をどう訳せるのかが問題で、言葉だけではたしかに超自然的の意味も、不可思議の意味もある。個人的には、ここでは「非物質的なものだが、認知不可能な実体ではない」というふうな意訳しかないと思うが。

③は大したことではないかもだが、微細なニュアンスの差異が気になる。「おおやけなもの」の場合は、「表面的に見える、公表される」という意味が感じ取れる一方「公的なもの」の場合は「公的な領域に属する」という抽象的な文脈が強く出る。Geertzの文化概念に両方の意味があるのは確かだが、私はここでは「公的なもの」が適切だと思う。ただ、和訳の他の箇所では「公的なもの」という表現も出るので、この文章では単に表現のなめらかさで「おおやけなもの」という表現が用いられただけかも。

ところで、私はいつかの間にものすごく細かいことを気にする人間になってしまったようだ。嬉しいのか、悲しいのか。


by Jacques Maquet in 1971 in regard to aesthetic productions, divides commodities into the following four types......(4) ex-commodities, things retrieved, either temporarily or permanently, from the commodity state and placed in some other state. (1986: 16)

→ An important implication to look into keitai as a material culture

commodities represent very complex social forms and distributions of knowledge.... The production knowledge that is read into a commodity is quite different from the consumption knowledge that is read from the commodity. (1986: 41)

→  How to deal with conflict and negotiation between technology and culture. It seems also coincide with Mizukoshi (2007)'s discussion on Japanese mobile society. While cultural discussions on "things" in pre-modern society tend to pay attention to a direction of commoditization of conventional values, my concern on keitai is obviously opposite as looking into its withdrawal of being commodities.

・Appadurai, A. (1986). (ed.) The social life of things: Commodities in cultural perspective. Cambridge University Press.
・水越伸編(2007) 『コミュナルなケータイ』岩波書店



You will remember how Plato, in his model state, deals with poets. He banishes them from it in the public interest. He had a high conception of the power of poetry, but he believed it harmful, superfluous- in a perfect community.  (from "The Author of Producer" , W. Benjamin's address at the Institute for the Study of Fascism in Paris on April, 1934)

ベンヤミンの『複製技術時代の芸術』を再読し、あらためて感じたことがある。メディア論者に代表的に言われている彼の「業績」といえば、「アウラの消失」という語り口で複製技術の展開につれて芸術の本質が変わっていくと述べたことだろう。この考察のなかで私が再評価したいのは、複製技術によって何ができるのか、というのではなく、複製技術によって何ができなくなるのか、という点が語られているところである。

「新しい技術のよってあらゆることが可能になる」というような言説が盛んな今日、極めて重要な視点だと思った。テクノロジーによって「できるもの」、「見えるもの」に取り組むのが技術系・工学系の道筋だとすれば、テクノロジーによって「できなくなるもの」、「消えるもの」に気を配ることこそが、社会系・人文系の役割なのではないかと。技術によって新たに生じうる問題系に取り組むことだとも言い換えられる。テクノロジーに対してとことん批判的になるという意味では「懐疑論者」にならざるを得ない。だが、テクノロジー
で「失われる」ものに気づくことにより、そのテクノロジーとつき合い方がが見えてくる。こうした能動的なアプローチは、技術決定論と決定的に違って実践的展望が得られるわけだから社会的な意義が大きいと思われる。

たとえば、AR (Augmented Reality)をめぐる最近の言説のなか、最も気になるのは「社会的迷彩 Social Camouflage」をめぐる議論である。バーチャル現実がリアル環境に取り入られる傾向が強まっているなか、バーチャル現実に便乗しない次元の存在が「希薄化」「透明化」してしまう。ARによって物理的な存在に重ねて人工的、社会的に作り上げられた経験が実現される一方、もともと存在していた物理的な現実が人々の経験のなかでは消えてしまう恐れが生じるということだ。つまり、ARには、見えなかったものが見えてくる「明」の側面だけではなく、見えていたものが消えていく「暗」の側面が存在するわけである。このように考えてみれば、今後AR技術を展開させていくうえで、「見えてくる」ものにうまく取り組む一方、「消えてさる」ものに対しても社会的な注意を払う必要があることが分かってくる。ARについての言説のほとんどが「明」の側面に照準しており、「暗」の側面については深く論じられていないというのが現実だが、テクノロジー言説につきあっている人文系の人間として奮発しなければならないと気づかされたわけである。

<参考になった読み物>

・富田英典 (2009) 『インティメイト・ストレンジャー:「匿名性」と「親密性」をめぐる文化社会学的研究』 関西大学出版部
・W. Benjamin (1969=1987) Illuminations. 이태동 역 "문예비평과 이론" 문예출판사
・W. Benjamin (1978) Reflections: Essays, Aphorisms, Autobiographical writings. E.Jephcott (translated). New York: Schocken Books.
・W. ベンヤミン著・佐々木基一編集解説・高木久雄・高原宏平ほか訳 (1999) 『複製技術時代の芸術』 晶文社 (原著は1937-1939と推定されるが未詳)