今和次郎展
from エッセイ/ Essays 2012/02/11 20:22
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古現学(modernologie)の創始者である今和次郎の展示会に行ってきた。

きゃーと言いたくなるキュートなスケッチと、「物事の中心には生活がある」という思想に、感動。しかし、私にとって今和次郎は、研究者というよりは記録者、いや、それよりも独自の美学をもっているという意味ではむしろ画家やデザイナーに近い人に感じられて仕方なかった。しいて現代的な言い方にすれば、ジャーナリスティックな感覚をもったメディア・アーティストというべきなのだろうか。考現学は、物事について考えることを主業にする学問というより、物事を記し残すことに取り組む方法論であるということがよく分かった。それはおそらく今和次郎も認めるところであり、彼自身は考現学について「記録探求」の学問であると述べたわけである。しかし記録探求だけでは完全な学問にならぬ。考現学が生活のなかにある事象を資料の採集、記録、図解する「方法の学」としては優れたものの、結果的に「社会学の補助学」であるという位置づけで安住してしまったことは、その活動の裏側に研究としての問いかけが欠けていることに起因するだろう。

そこで私が今和次郎に一番近い実践家で思い浮かべるのは、(柳田國男やではなく)、フランスの画家、トゥールーズ=ロートレックである。(そういえば、この間、三菱美術館のロートレック展にも行ってきた。遠い国へ長い旅にたつ姉と東京で再会したとき、姉妹は喜んでロートレック展を見に行くことにした。)ロートレックは、19世紀パリで活動していた画家であるが、今和次郎とは違って正真正銘の絵がき屋であった。彼が描き続けたのは、キャバレーの踊り子や歌手、娼婦らの、疲れた日々のなかの生き生きした姿であり、そのキュートで対談な画風や観察力という面で今和次郎と非常に似ている。ロートレックの作品の大半は、お店の広報用のポスターや雑誌の表紙など商業的な営みのなかで描かれた。その際、大量複製の可能な制作方法として使われたのが版画技法であった。ロートレックはアトリエのなかに閉じこもった孤独な画家として生きたわけではなく、絵を積極的に活用した生活人であった。そこもなんとなく今和次郎と共鳴していると考えた次第である。

※参考になった本
・ 今和次郎(1987)『考現学入門』筑摩書房
・ 川添登(1982)『生活学の提唱』ドメス出版


情報学環の現代韓国研究センターというところで主催した研究会にて聞いた佐藤忠雄先生の話がなかなか面白かった。元々のテーマは韓国映画だったのだが、盛り上がったのはむしろラブ・ロマンスのなかの男性像についての話。歌舞伎男子役の典型になぞらえて「恋愛しない立派な男」(=一枚目)対「頼りない恋愛男」(=二枚目)という男性像の話も興味深かったが、私にはなにより「ラブ・ロマンスと男性像」というテーマが面白かった。

たしかに日本の大衆メディアの男性役は「立派だけど恋愛しない男(一枚目)」あるいは「恋愛するけど頼りない男(二枚目)」の二つに分かれている気がする。佐藤先生の分析によれば、『現の日本では「二枚目」のラブ・ストリーが失われつつあり、ヨン様こそ隣国で見つけた「二枚目」の典型』だと。この説が日本のヨン様のファンたちによって支持されるのかどうかという問題はさておき、ラブ・ロマンスのなかの男子役について考えてみると楽しい。

日本でヨン様のイメージは「弱々しい美男子=二枚目」なのかもしれないけど、韓国ドラマにおいて男子主人公は、見た目は柔らかくてもしっかり「頼れる」男である。その象徴的な設定が「お母さんを裏切って恋人を選ぶ」という設定である。欧米ではぴんとこない設定かもしれないが、韓国社会においては「お母さん対恋人(→未来の奥さん)」の対立図式が強い分、お母さん(あるいは家族)の反対を押し切って恋人を選ぶ男子は、恋される女性としては全く頼もしい相手だ。つまり、そんな男は、立派、頼れる、恋愛男、カッコよい。最近弱々しい美男子に憧れる風潮も出つつあるようだが、まだ顔は美しいけど立派になれない男はモテない男、母性愛にしかうったえられない可哀想な奴に描かれる。つまり韓国で「二枚目」はモテない男である。

たとえば、韓国の近代ラブ・ロマンスの原型ともいうべく「春香伝(チュンヒャン物語、17世紀)」の男子主人公はモテ男の典型である。その李氏の若旦那は、妓女の娘の春香と恋に落ちて一時期彼女から離れるが、ちゃんと立身出世してに戻って来、春香を苦しめていた奴らをとっちめる。日本の「二枚目」とは程遠く、立派だ。むしろオディッセーのオディッセウスや西部劇のジョン・ウェインに似てるといえば似てる。いやむしろそれ以上で若旦那は、世間の偏見も乗り越えられるわ、両親の反対も押し切るわ、遠距離恋愛もしっかりできるわ、出世もするわ、おまけに美男でユーモア感覚までそろえたありえない完璧男なわけだ。韓国ドラマは、様々な壁を乗り越えて女を救いに来る李氏の若旦那のイメージをなぞらえた男子主人公がいまだに多い。韓国の恋愛ドラマの男性は女性が夢見る男性である。つまり、韓国の恋愛ドラマは女性視点にたって作られているといえる。

一方、日本では「恋愛しない立派な男」と「頼りない恋愛男」の男性像について、歌舞伎的な伝統だと断言してしまう印象があるが、実はそのような男性像は、少なくとも中国文化圏では広範囲に共有されているものである。たとえば、ジョン・ウー監督の『男たちの挽歌』(英雄本色、1986年作、香港)のチョウ・ユンファ(周潤發)とレスリー・チャン(張國榮)のキャラクターは歌舞伎の一枚目、二枚目の典型にぴったりな役を演じている。この映画が歌舞伎の影響を受けているわけではなく、その二つの男性像は中国の伝統劇や昔の英雄豪傑のなかにすでに存在している。あんなに李氏の若旦那がモテモテな韓国でも、こうした男性像が登場した映画はしばしばある(たとえば、『クジラ狩り』(べ・チャンホ監督、1984年)『冬の旅人』(クァク・ジギュン監督、1986年)などの男子主人公たち)。要するに「恋愛しない立派な男」と「頼りない恋愛男」という男性像は、日本固有の見方というより、中国文化圏の男性が夢見る「かっこよさ」によって成り立つ男性像だといえる。

男性視点の男性像と女性視点の男性像は一致しない。そのバランスの取り方は様々だろうが、やはりメディアとジェンダー問題にたどりつくと思う。ラブ・ロマンスの「花」である男性像は、単なるナラティブや表現の問題ではなく、ジェンダー政治学の影響を大いに受けている。おそらく「美人」というテーマも同様ではないか。この問題はいつかもっと掘り出してみたい。


TiVoの思い出
from エッセイ/ Essays 2011/11/30 11:33
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「セックス・アンド・ザ・シティー」(以下ではSATC)のシーズン4を見ていたら、「ティーボー」という言葉が出てきてハッとした。「ティーボーTiVo」とは、1990年代末、米西海岸のベンチャー企業によって開発されて大きな反響を呼び起こしたデジタル・ビデオ・レコーダーのブランド名である。従来のビデオ・レコーダーとは違って、内装メモリーにテレビ番組をたっぷり保存することができるうえ、ユーザーのほしいテレビ番組を自動に録画してくれるなどスマート機能が付いていた。一時期はかなりの話題となっていた言葉なのだが、今このブランドを耳にすることはあまりない。実はティーボーのビジネス成果は良いものではなく、現在も営業を続けているものの、契約者数や売り上げが下がる一方であると暗いニュースばかりなのだ。こうしてみると、ティーボーはそれこそ90年代末にアメリカを中心にヒットアップされたニュー・メディア言説の「バブル」の典型的な例であることが分かる。

SATCのシーズン4が制作されたのが2001〜2002年だから、たしかにTiVoがメディア市場にどえらいインパクトを与えると、世間の期待がかなりふくらんでいた時期である。SATCに出ていた文脈も、サマンサーがマンハッタンで最もホットなセックス・トイを紹介すると、ケリーが「これがセックス・トイ界のティーボーなのだということよね?!」とフォローするシーン。つまり、この頃の「ティーボー」は、今頃の「スマートフォン」のように新しさの象徴だったわけだ。

私がティーボーについて初めて聞いた記憶はたしか、2002年ロンドンで開かれたニューメディア・ビジネス・コンファレンスだった。「ティーボーのため、テレビの視聴パターンが崩れてしまう。いよいよテレビ業界も変化に迫られる」という流れの話だった。つまり、当時のティーボー言説は、利用者の感想や反応ではなく、テレビを中心にしたマスメディアの業界の危機感を反映したものであった。だけれども、新しいメディアと社会変化を予言する言説が澎湃した時代だっただけに、普通の人びとまでかなりの反響と期待をもたらせていたのは確かなのだ。

ケリーらにはそれなりに親しみのある流行語だったみたいけど、ティーボーという言葉について日本では不慣れに思う人が多いだろう。それもそのはず、ティーボーをめぐった議論が活発に進められたのは、アメリカとイギリスのテレビ業界であり、ティーボーはアジア地域ではビジネスを展開したことさえない。当時はメディア革命はともかくシリコンバレーで生まれるという考え方が澎湃しており、西海岸のメディアの発明は確実に全世界的なイノベーションのきっかけとなるだろうという認識さえあった。

1990年代後半から2000年代前半、アメリカ発のメディア革命をめぐって業界を風靡した言説にはいくつかの系譜があった。第一、ティーボーのような録画系・メモリ系のメディアによってテレビのビジネスモデルが浸食されていくだろうというもの。第二、参加型ネット・メディアによって従来のジャーナリズムのあり方が大きく変わるだろうというもの。第三、誰もがモバイル・メディアを持ち歩き、パソコンさえも代替してしまうだろうというもの。最もらしかったティーボーは「バブル」だったのが明かになり、一番遼遠に思われていたモバイル時代は、10年も経ってないうちに、実現されつつある。感無量である一方、アイロニーを感じる。

PS. ところで、SATCのなかでティーボーの存在感はもっと強いものだった。シーズン5ではミランダがティーボーにはまる、というかボイフレンドの代わりにティーボーにいやされるという設定があった。くくく。。


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・使用ソフト:「Comic Life 1.5」(←これは使いやすくて楽しい。お薦めです)


中国で起きた高速鉄道の脱線事故の処理について、「ひどい」「日本ではありえない〜」風の報道が続いていることに失笑した。その報道に「日光に外国の観光客が早く戻ってほしい」というレポートが続くのを見て「あら、これお笑い番組?」と思ったくらい。中にいるので本当に見えないのか、あるいは、見えても見えないふりをしたいのか。私自身、一足は日本社会の外に出している者として少し本音を述べてみたい。

はっきりいって、日本政府の原発事故の処理のやり方は中国の高速鉄道の事故処理のようにあり得ないものである。日本で報道されることはないだろうが、多くの「外国の人々」はそう思っている。未だも原発事故の収拾はできてない。放射能漏れは続いている。なのに、隣接地域の農産物が売れなかったり、観光地が疎遠になるのを風評被害だといいながら、なにもかも日常へ戻そうとしている。
原発事故で提起された疑惑が山積されているのに、どうして「正常」のマネをするのか。事故車両を土に埋めてしまうことと何が違うのか。

むしろ、中国の高速鉄道よりもひどい。
今は風評被害云々して不特定多数の人々に責任を転嫁するのではなく、原発事故で生計が途絶えたり、苦しんでいる人たちの「直接被害」をしっかりケアする時期なのだ。風評被害という曖昧な言葉使いは、それに翻弄されて、汚染された農産物を食べたり、汚染地を訪れたりし「直接被害」に遭ってしまう人をさらに出す危険性がある。被災地が汚染されていると主張しているわけではない。今のような時期には最悪の事態を想定して慎重に動くというのが常識だということである。

「安全だよ、早く戻ってきてよ」という観光キャンペーンには本当に飽きれた。7月末の時点で報道されたある雑誌記事によれば、日光や鬼怒川温泉地は、事故発生から4ヶ月の今も年間被爆限度の5〜10倍の高い放射線量が計測され続いている。せめてそうした一次的な被害状況でもクリアされてから、観光客を呼ぶべきなのではないだろうか。こうした状況を接するたび、外国人として日本のあちこちを旅しながら親切さと優しさに感激しまくってきた私は、恋人に裏切られたような悲惨な気持ちとなる。放射能に裏切られたわけではない。日本観光産業が誇る「おもてなし」とは、このようなものなのか、と思ってしまう。

もっとおかしいのは、こうした状況のなかで「批判しないメディア」「沈黙する市民社会」である。せめて高速鉄道事件処理について中国のインターネットでは”これはおかしいぞ”と大騒ぎとなっている。日本のマスメディアは自ら率先して事故の影響を覆い隠そうとしているし、ネットでの本音発言はデマとされる。もっと見苦しいのは、それを傍観しているようにみえる市民社会である。日本の市民社会の力に大きな期待を寄せていた私にとって非常に残念で恐ろしい様である。

中にいると本当に見えないかもしれない。だが、現在日本社会の原発に対する対処は、外からは「ひどい」「ありえない」と思われている。中国の高速鉄道事故ばかり批判するのではなく、この社会で何が起こっているのかを直視する必要があるのではないか。


ピョンチャン(PYEONGCHANG)で2018年五輪開催が決まったことについて、周りに「よかったね」と言われていたのは、ちょっと予想外だった。「韓国人だから韓国の五輪開催を喜んでいると思われているのか」と気づかされるわけだが、そのことはさておき、ピョンチャン五輪についての個人的な考え方を綴っておこうと思う。

冬スポーツ大好きだけど、私はピョンチャン五輪があまり嬉しくない。五輪は「真の祭り」ではなく「疑似イベントの頂点」だと思っているからだが、またもそんな政治ショーが盛大に行われるのかと思うと全く面白くない。現代の国家権力がヒットラーとゲッベルスの遺産を充実に受け継いでいるという証としか見えないわけである。
「背後の政治社会的文脈」が気になって仕方がない私の気持ちは、下手にメディア現象を論じてしまえば、御用研究に一助するかもしれないという強迫に近い意識である。「政治」と「社会」を除去した形で「歴史」や「文化」の面白さだけを追求しながら「盛り上がりの場」の研究を素直に認められない理由もそこにある。

さらに、ピョンチャン五輪をめぐった韓国の国内言説が「おめでとう」一色となってしまっている点は非常に残念である。疑似イベントへ執念を見せる権力に対する市民社会の批判はさておき、スキー場や大規模の宿泊施設などの建設プロジェクトが進められるのが目に見えるわけだから、自然破壊や
環境問題を指摘する声が出るのは当然であろう。その当たり前の意見さえあまり聞こえてこない今の言説空間は明らかに多様性に欠けていると思われる。

一方、メディア研究としては非常に興味深い対象となるのは間違いない。これまでの疑似イベントの研究は「スペクタクル」と「テレビ」というキーワードに頼って語られる傾向があった。ピョンチャン五輪の場合は、とりわけネットにぞっこんとなっている韓国で開かれるわけだから、これまでとはちょっと異なる展開になるのではないだろうか。期待している。

実は、超高速に成長してきている韓国社会なだけに、40年の短い人生で何度も何度も「国家イベント」を経験してきた。88年ソウル五輪のときは高校生だったが、スポーツには全く興味がなかった。メイン・スタジアムから駅三つしか離れてない近いところに住んでいたけど、試合を観に行ったことは一度もない。2002年日韓W杯のときは、仕事がむちゃくちゃに忙しい時期だったが、街全体のお祭りムードは鮮明に覚えている。韓国チームがベスト8に入ってからは毎晩応援戦で大盛り上がり、夜中までみんなと飲む飲む飲むという楽しい経験だった。おそらくピョンチャン五輪は、開催決定の時点からの全過程を落ちついて眺められる、初めての経験となると思う。今度こそしっかりと目撃しておこうと思っているのである。

<参考になった読み物>
・Boorstin, D.J..(1962). The image: Or, what happened to the American dream. 星野郁美・後藤和彦訳『幻影の時代:マスコミが製造する事実』東京創元社
・MacAloon, J.. (1983). Naked at the feast:Play and the performative genres in the modern Olympic games, 「祝祭の中の裸者ー現代オリンピックにおける遊びとパフォーマンスの諸ジャンル」、ヴィクター・ターナー・山口昌男編『見せ物の人類学』三省堂、376〜398頁
・吉見俊哉(1994)『メディア時代の文化社会学』新曜社


先週末は情報通信学会だった。最近学会ばかり行っている気もするが、研究の進め方について「整理」が必要な時期であるため、なかなか良い勉強の機会だと感じている。今回は自分の発表の準備があり、一日目は完全欠席したり、たくさんのセッションの参観はできなかった。うかがったなかでいくつか興味深い発表をまとめておきたい。文化人類学会の感想でもそうだった通り、あくまでも個人研究との関わりでの感想なので、一般的な評ではない。

中村隆志(新潟大学人文学部)「対面時の「ケータイのディスプレイを見る行為」に対する許容/非許容に関する調査ケータイ研究のなかでは数少ない、非言語コミュニケーションをめぐった考察。
「ケータイのディスプレイを見る行為」についての許容度について設問調査を行った結果を分析し、ケータイの使用ルールのあり方へ提案を行う。ファミレスでテーブルの上にケータイを置いておいて視野から離れないようにする人が多いことに着目したという。個人的には、ケータイ研究をゴフマンの議論に接合させる絶妙な対象なのではと感じながら聞いた。

富田英典(関西大学社会学部) [モバイルAR社会における時間と空間ーARフィギュアとリアルタイムARをめぐって毎回ながらも楽しんでいる富田さんのARへの取り組み。ARがより現実になる社会における認知や感覚の問題はたしかに面白いテーマ。とくに「不気味の谷」をめぐる議論は初めて聞いたが、あらゆる新しい事象が社会的に受容される過程を眺める「モデル」として興味深い。ベターな言い方だけれど、黄相旻(ファン・サンミン)氏の「新人類論」へ結びつけて、周辺部に存在するオタク的な嗜好が中心的言説へ移動していく過程としてとらえられないだろうか。ロボット工学が「社会」と共鳴しているぞ。

橋本良明(東京大学大学院情報学環) [日本人の情報行動、その15年の変化1995年から5年毎に行っている「日本人の情報行動」調査の最新版(2010年)の結果を、テレビ、新聞、ケータイの利用相関を中心に概観。個人的に気になった数字は10代とネットについての議論。たとえば、
 ①10代のPCでのネット利用
が減少、ケータイネットも伸び悩む。
 ②年代別インターネット利用。20代(97.9%), 30代(95.2%), 40代(91.1%)に対して10代(89.8%)は低い。
 (韓国では全世代のなか10代のネット利用率は最も高い。99%超といわれている)
 ③10代の書籍を読む時間も全く減っていない。
などなど。ふーん。やはり、ネット時代のメディア利用をとらえる作業はかなりの困難さを伴う。

最後に、アンケート調査を通した統計研究において規模感が大きくなっているのに気がつく。最近の特徴というより、自分が統計的調査法については細かいところまで気を配ってなかったからだろうが。大規模のサーベイでもないのに、サンプルの数が1,000を超える調査が多々ある。ウェブなどを使ったリサーチ・ツールの普及と関係があるのではないかと。昔というか10年くらい前でも、1,000を超える統計調査はかなり大変だったはず。2005年に提出した私のMBA論文で、分析したサンプルの数はたった300余:経営学のマーケティング調査で許される最低のレベルだった。汗。

<参考になった読み物>
・Goffman, E. (1963=1980) Behavior in public places: Notes on the social organization of gathering. Free Press. 丸木恵祐・本名信行訳「集まりの構造:新しい日常行動論を求めて」誠信書房
黄相旻 (2004)「대한민국 사이버 신인류(大韓民国サイバー新人類)」21세기북스




電氣ブラン
from エッセイ/ Essays 2011/07/04 11:08
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「電気ブラン」(右.イメージはWikipedia)というお酒を知ったのは大きな収穫だった。妙な名前、なんなんだ!?との気持ちで飲んでみたけど、なかなか美味しい。おそらく甘草だろう甘みとほんのりした薬草の香りが懐かしい。昔うちで「薬」として使われていたドイツ製のリキュールの味に似ている。サワー類の甘めのカクテルは全く気に食わない私だけど、このくらいの甘みなら大丈夫。というか、アルコールとのマッチが良い。

一方、これは昭和の味でも大正の味でもない。まさに明治の味だそうなのだ。浅草の「神谷バー」の創業者が考案したリキュールで、製造販売を始めたのは1882年(明治15年)。当時のものはアルコール度が45°くらいで強かったそうだが、今も元祖の
神谷バーでは強めのオールドタイプが飲めるそうなので近々行ってみることに。当時の一番の流行言葉であろう「電氣」がついていることは、その「新しさ」と「強さ」の響いた結果であろう。まさに時代を表すハイカラ的な飲み物だったのに間違いない。

大いに流行しはじめたのは大正時代からとされているが、そのことは複数の文学作品に登場していることでも読み取れる。
たとえば、芥川龍之介の「十円札」(1923年)には、お金の困った主人公が長谷正雄は酒の代りに電気ブランを飲んでいる。大友雄吉妻子といっしょに三畳の二階を借りている...』云々と回想する場面がある。ここの「酒」とは日本酒だろうか。それを飲まず電気ブランを飲む長谷君とは、金にも困っていない、洒落も知っているカッコイイ遊び友なのである。また、太宰治の人間失格(1948年)にも電気ブランに感心する場面があり、遊び上手な堀木君を引用しながら『酔いの早く発するのは、電気ブランの右に出るものはないと保証し...』と書いている。神谷バーの運営する電気ブランのウェブサイトには、当時浅草で遊んでいた文人たちに大いに愛されていたと紹介されている。

お酒の名前は面白い。「電気ブラン」もそうだけど、左党らの遊びが感じられる。韓国ではその作り方で名付けられた「爆弾酒」「ソメック」があり、飲酒方法で名付けられた
「忠誠酒」「旋風酒」「火酒」などもある。「百歳酒」という商品にソジュを混ぜて「五十歳酒」と名付けた酒もする。(←これは私の大好物)アメリカで爆弾酒は、boilermakerと呼ばれているみたいが、いつかお酒の名前を集めてみようか。論文執筆後の楽しみにしとこう。


先週末、法政大学市ヶ谷キャンパスで開かれた日本文化人類学会の45回研究大会に参加してきた。日本民俗学会を全身にしているだけに、規模が大きくなかなかしっかりしたオーガナイズ。元老と若手の間のバランスが良くて、とくに若手研究者の元気が良かったのが印象的だった。面白い研究もしばしばあり、個人的には自分の研究テーマに直接な関わりの学会よりも興味深かった。片方、学問としての文化人類学のあり方についての悩みが根深い。人類学という領域独自の見方、語り方をどのように確立し、隣接領域と疎通していけるのか。学問のアイデンティティーに懸命に取り組まなければならないという危機感が見て取れた。

うかがった発表のなかで個人的に興味深かったのをピックアップして簡単な感想をつづっておこう。あくまでも個人研究との関わりのなかでの感想なので一般的な評ではない。語り順は私が参加した順序で、特別な意味はない。

横田吉昭(東京大学大学院総合文化研究科)「トルコ共和国創生期の漫画キャラクターはなぜ太っていたかー国民国家の道化が表象する近代と伝統の両義性」表象文化研究の成果といってふさわしい。近代トルコ社会における時事漫画を取り上げるわけだが、漫画キャラクターの外見的特徴(丸くて太っている)に着目して、それらによって表象される近代性を論ずる。後で調べたら研究者はなんとプロの漫画家。だからこそ可能なユニークな観点だったのだと感心。

松嶋健(京都大学)「アクターからパフォーマーへーイタリアの地域精神保健と演劇人類学の出会いから」:精神障害者のみで構成されるプロフェッショナルな劇団のエスノグラフィー。対象の面白さに引かれるだけではなく、現代の主体性にとりくむアプローチが示唆点に富んでいた。(1)ある制度は最初から社会的文脈のなかで生まれたことを歴史的に確認する (2)その前提のなかに投げられた主体の問題。そのズレの具体的な場面として演劇ラボラトリーの実践を記述する。テクノロジーと個人の問題を提起する自分の研究との関わりがみえる。

梶丸岳(日本学術振興会、京都大学)「遊びとしてのオラリティー中国貴州省の漢歌を事例に」:Ongの論じ方がメディア研究の論点と違うところが興味深い。前近代的な認知様式としてのオラリティーを位置づけるアプローチを安易だと批判したうえ、身体や感覚の違いに着目して、オラリティーとリテラシーの関係性を捉えなおす。「遊び」という枠組みから現代のオラリティーを再照明する。たしかにオラリティーは過ぎ去った様式ではない。書き言葉の表現性に取り組む自分の研究に参照になりそう。

若手懇談会ー震災を語る」:東日本大震災を受けて、文化人類学は何ができるし、何に取り組むべきなのかを語り合う集会が開かれた。若手研究者がオーガナイザーだが、中堅を含め、200人以上が参加する盛況。「まずは支援」「そして研究」「忌憚なき語り」など様々意見が出されたり、すでに展開されている現地連携活動が紹介されたり。こうした時だからこそ「人類学的なやり方」に積極的にとりくみ、学問としてのあり方をアピールするべきなのだという率直な議論もあった。ちなみに、若手懇談会は2010年度から始まったようで、全国の若手人類学者のネットワークとして運営されているんだそう。

学会賞記念講演、波平恵美子「日本を文化人類学の研究対象にすることの意義と問題」:ケガレ研究で有名なあの波平先生が登壇、ご本人の研究の数十年を振り返りながら、文化人類学的研究のアイデンティティーや学問に関する社会的認知に関わる問題について語った。「文化人類学が独自の理論と方法論を社会的にアピールすることを常に意識しなければならなかった」という老学者の告白に感じることが多い。

李仁子(東北大学)「文化人類学的日本研究の諸用件ー異文化に暮らす自文化研究者による一試論」:大会全体的に「文化人類学のアイデンティティー」についての悩みが感じられたが、まさにそのことをテーマにした「文化人類学的日本研究の方法論の開発:「日本人」がどのゆに日本を調査して日本語で語るか」(座長:北海道大学 桑山敬己)というセッションでの発表。李さんは、外国出身の研究者としての経験を生かして「トリ型」と「ネコ型」の調査スタイルを対峙させながら、方法論の課題を語った。へばりついたから掘り出されるディティールの面白さを重視したあまり、全体像のバランスを失ってしまいがちな研究傾向に問題を感じていた次第で、共感する所が多かった。ただし、個人的にはこのセッションへの期待が高く、J. Cliffordの提起したメディアとしてのエスノグラフィーのディレンマーに触れられるかなと思ったら、さすがそこまでは至らず。むしろ、Malinowskiの方法論にこだわりながら、国内由来の民俗学との境界線が危うくなってしまった状況を打破することが課題となっているようだった。

最後に、私はやはり、人類学者の集まりに和む。変にぴりぴりしたり、自慢ばかり言いたがるポッちゃん系が少ない。久しぶりに故郷に戻ったような気分だった。安堵。